明日選挙に行く若者に告ぐ

 若者の自民党支持。これの理解がよく読み解けなかったのだが、それが、文藝春秋11月号に掲載された橘玲『「安倍は保守」とは言ってはいけない』を読んで漸く得心することが出来た。この論文では、読売新聞社早稲田大学現代政治経済研究所の共同世論調査が紹介されており、世代別の政党観が明らかにされている。これによれば、18〜29歳層において、もっともリベラルと考えるのは維新、公明が保守№1。自民、民進、共産は中道。しかし面白いのはここからで、中道三党のなかでも、もっともリベラルなのは自民、次いで民進、共産の順になるのである。
 こうした傾向となるのは、同論文の解釈によれば、若者の目には、共産などは年功序列、終身雇用などの古めかしい制度を固守することにおいて”守旧”派、一方、自民はその旧システム破壊に挑む”改革”派と映っているということなのだ。したがって「自民=改革派」=”リベラル”との構図になる。そして親世代(あるいは祖父母世代)についても、旧制度にしがみつく限りにおいて、守旧派=”保守”派と理解されることとなる。ここには”親”世代対”子”世代の対立構造も見てとれ、ことの正誤は別にして、かなり深刻な問題が内包されているといえよう。
 自民がリベラルという評価には面喰ってしまうが、現状を変えるのが何でも善という立場であればそう考えるのもやむを得ないことである。彼らは産まれてこのかた経済的に恵まれない人生を送って来た。この閉塞状況を打破するには、単純に規制緩和=”改革”と考えても仕方のないことであるかもしれない。
 新自由主義あるいは市場原理主義といった言葉に、旧制度打破というニュアンスが付き纏うとすれば、その守護者である自民党に親近感を感じるのも宜なるかなである。これは広報合戦=印象操作の勝利である。この点野党は明らかに弱い。こう考えればモリカケで攻め込んでも、有権者が今ひとつ乗って来ない理由の一端が理解されるであろう。
 ただここで若者に間違えて欲しくないのは、規制緩和が全て善ではないことである。若者が就職等で悩ましい生活を送っている要因のひとつは、新自由主義思想の下、派遣労働者の領域が極端に緩和されてしまったことの影響も大きいはずだ。この行き過ぎが弱い立場の国民を一層苦しめることになっている。金融に関する規制緩和は、持てる者のみをますます富ませている。
 この場合政治的にどちらに与するかは、前提として、それが国民目線に立つ勢力を応援するか、国家目線に立つ勢力を応援するかの判断が必要となろう。決して単純に規制緩和=改革派=味方と考えてはならない。国家が先か国民が先かは、極めて悩ましい命題である。国家あっての国民か、国民あっての国家かという選択を迫られれば、多くの国民は返答に窮するであろう。しかしそれを何があっても国際間の紛争解決は武力第一とするか、武力解決は選択のひとつとするのかというように置き換えて見ればれば、判断が少し容易になるかもしれない。
 言うまでもなく、前者は保守、後者がリベラルである。尖閣を巡る対立から北朝鮮問題まで、わが国の周りはきな臭さが焦眉の急を告げている。だがどう考えても、武力解決が第一というのは物騒すぎる。そして一旦ことが起きた時に前線に駆り出されるのは、安倍さんや私たちでなく、まして自衛隊”だけ”でもなく、皆さんたち若者であることは間違いない。今回の選択は、その是非に関する判断を求められていると言っていいであろう。
 若者よ! 以上のことをよくよく考えたうえで明日の選挙に臨んで欲しい。それが老兵の切なる願いである。