『米朝開戦』。クランシー復活

 軍事・諜報・謀略小説の巨匠トム・クランシーが亡くなったのは、2013年10月1日。2年半前のことである。私は何を隠そう、筋金入りのクランシーのファンだ。クランシーの享年は66歳の若さ。まだまだこれからの年齢で、この訃報に接した時は、心底落胆したものである。ところが今般、そのDNAがマーク・グリーニーに引き継がれ、『米朝開戦』(日本語版新潮文庫は2016年3・4月刊、原著は2014年12月刊)で、ジャック・ライアン・シリーズが見事に復活したのである。元来の作者が亡くなったあと、それが後継者に引き継がれることは稀有のものと理解している。いずれにしてもファンとして、これ以上の喜びはない。
 主人公であるジャック・ライアンは、元来CIAの情報分析官で、最後は合衆国大統領まで上り詰める。このシリーズはいくつも映画化されており、『レッド・オクトバーを追え』『いま、そこにある危機』などはクランシーの名前を知らないでも、一度や二度耳にした方も多いのではないだろうか。開戦というタイトルが付いた作品だけでも、これまでに『日米開戦』『米中開戦』『米露開戦』があり、個人的には『日米開戦』は圧巻の出来と理解している。クランシーはその時々の情勢分析を踏まえたリアル性に定評があるが、中でも『米露開戦』は、ロシアのウクライナ侵攻を予言したことで有名だ。
 ところで今般の『米朝開戦』である。作中で北朝鮮は現実同様、ミサイル開発など世界秩序を脅かす数々の挑発行為を行う。そしてとうとう米大統領ジャック・ライアンの暗殺まで企てる。それを契機に、もともと北朝鮮の無謀な行動阻止に動いていたライアンは、中国と手を組んで対応を一挙に加速化させ、結果、この国の世襲政権は軍隊の蜂起によってたちまち崩壊する。最後に大元帥(デウォンス)様は、病気療養ということで行方不明になってしまうのだが…。
 なお、ここで注目すべきはグリーニー(クランシー)の関心である。これまでクランシーが取り上げた米国の敵は、いずれも大国である。その意味で、北朝鮮を敵国とすることに違和感を覚えて当然である。グリーニーは、作中人物に「極東の小国にすぎない北朝鮮などは、取るに足りない存在だ」との趣旨の発言をさせている。では、取るに足らない存在である北朝鮮を彼はなぜ取り上げたのであろうか。敢えて言えば、これはグリーニーの”予感”のなせる業なのであろう。クランシーの慧眼=DNAがグリーニーに受け継がれているのだとすれば、小説の楽しみとは別に、北朝鮮の隣国であるわが国にとってとても怖い話ではある。