中野信子さんのトランプ”占い”

 文藝春秋3月特別号に、脳科学者の中野信子さんが『−豹変するアメリカ−トランプはサイコパス』という、興味深い内容の論文を寄せている。この論文で、まず中野さんはトランプさんが大方の予想に反して勝利したのは、人間の二つの意思決定システムの一つである”早いシステムが働いたからだという。”早いシステム”というのは、「感覚器官が受容した刺激が脳を介さずに伝達され、瞬時に行動に移る」もので、一方の”遅いシステム”は「脳を使ってじっくり考えてから判断する」ものであるとされる。要は、前者は感覚的・感情的思考。後者は論理的思考と言っていいであろう。端的に言ってしまえば、今回のアメリカ大統領選挙では、有権者の論理的思考が働かずに、感覚的・感情的思考が優ってしまったということになる。そして中野さんによれば、トランプさんは選挙において「大衆が”遅いシステム”ではなく、”早いシステム”で意思決定するということを理解していた」とするのだ。
 ではトランプさんはどこでそうした能力を身に付けたのかと言えば、それは生得的なもので正体は”サイコパス(psychopathy)”。日本語訳では”精神病質”。これには冷酷な殺人者とのイメージを抱きがちとなる。だが近年、劇的に進歩した脳科学の成果によれば、サイコパスは決して”冷酷な殺人者”ではないというのだ。これは一般人の中にも多数存在する人格で、各種統計によれば100人に1人はサイコパスとも言われているということだ。これは政治家や大企業のCEO、弁護士、外科医など、時に冷酷な判断が求められるリーダーにこのタイプが多いということでもある。彼らは周囲の人々を強く惹きつける力を持ち、巧みに他者を利用する。実際の人物を例示すると、驚くことにジョン・F・ケネディビル・クリントンマザー・テレサなどもそうだと言われる。また日本人の典型例としては、織田信長が挙げられている。
 こう見ると、トランプさんのサイコパスの実体が何となく分かって来る。サイコパスは冷酷な合理主義者ということである。脳科学的には、一般の人の言動を決めるのは”眼窩前頭皮質”という部位であり、「この部分は人間の共感性を司り、それによって他者を慮ったり、温かな振る舞いが出来る」。一方、サイコパスの言動を司るのは”背外則前頭前皮質”という領域で、ここは「合理的で冷酷な判断を下す時に使う」。加えて言えば、一般人は後者の部位はあまり使わないということなのである。ここがサイコパスと一般人の分かれ目となる。
 トランプさんの言動を分析すると、a.根拠のない自信がある b.既存メディアを嫌う c.人をモノとして扱う d.女性に蔑視的に接する e.人間関係は利害関係の5つが指摘されるとする。翻って、J・M・ケインズの師匠筋に当たるA・マーシャルは経済学には"Cool head but Warm heart"が必要であることを説いた。”冷酷な合理性”を”Cool head”と読み替えても、”Warm heart”の問題が残る。つまり、この中野さんの論文は、彼女によるトランプ”占い”ということであろう。彼女の占いが正しいとすればするほど、トランプ”占い”に見る片肺飛行ぶりが気になって来る。時に、わが総理は如何であろうか。