対米黒字を深読みする

 安倍さんとトランプさんのランデブーは一先ず成功したとのことだ。日本国民としてご同慶の至りである。トランプさんに関してメディアは強面の側面ばかり強調してきたが、ここで彼のまた違う顔が全世界に向けて発信されたわけだ。トランプさんがハード・ネゴシエーションばかりでのし上がって来たのではないことが、これではっきりした。場面に応じて、様々な顔を使い分けることが出来るということであろう。ビジネスマンとしては当たり前のことではあるのだが。
 それはさておき、今日はトランプさんが問題視する貿易問題について考えてみたい。基本的なことであるが、貿易黒字はGDP上プラスとなり、逆に赤字はマイナスとなる。これは、
     GDP内需国内需要)+輸出ー輸入 (1)
の簡単な式で確認される。初歩的経済学である。この(1)式を単純に消化すれば、「輸出は善、輸入は悪」という構造が導き出されるであろう。トランプさんが盛んについてくろのはこうした発想である。しかしこれを変換して、
     内需GDP+輸入ー輸出 (2)
と表すと、また別な側面が提起される。この(2)式からは内需の構成上、「輸出はマイナス、輸入はプラス」となる。要は、アメリカのように稼ぎ出した所得(=GDP)以上に旺盛な内需を持つ国は、輸入超過(貿易赤字)の状態でなければ、国民の需要を賄いきれないということなのだ。一方、輸出超過(貿易黒字)の国はその分だけ内需がリークしてしまう。もう少し議論を矮小化すると、貿易赤字国は自国で作り出したもの以上に消費を行ういわば”キリギリス”国、また、貿易黒字国は作り出したもの以下の消費しか行わない”アリ”国ということになる。せっせとアリ国が生産する余剰物をキリギリス国が召し上げているわけだ。世界観にもよるが、個人ベースで考えて、稼いだ以上の消費が出来るのであればそっちの方がいいのではないのか。
 まさしくアメリカはキリギリス国の代表である。本当はアリ国から見れば、キリギリス国は羨ましい存在と言っていい。勿論問題はある。稼いだ以上の消費をするためには、借金が必要となる。この借金が貿易赤字である。アメリカは、この借金が膨らみ過ぎて叶わないということなのだ。ただ並みの国ならそれも納得がいく。しかしアメリカは世界で唯一の基軸通貨国である。いくら赤字を抱えてもドルを刷り増しすれば理論的にはこと足りる。アメリカの貿易赤字問題は達観すれば、そんなところである。現に毎年多額の赤字を垂れ流しながらも、アメリカが破綻しなかった基本的理屈はそこにある。
 したがってトランプさんがアメリカ・ファーストと言うのであれば、それを実行してもらへばいい。脆弱な国内製造業では国民の旺盛な需要を賄えないことははっきりしている。困るのは、トランプさんとアメリカ国民である。ただそう突き放してばかりいては、新たな世界恐慌を招きかねないのも事実だ。アメリカが貿易決済にせっせとドルを刷り増ししても、未来永劫には続かない。いずれ限界が来る。よしんばドルの増発が可能であったとしても、例えば為替市場は黙っていない。赤字が続けばドルはいつの日か大暴落に襲われる。そうなれば輸入物価は暴騰し、国民を苦しめるだけではなく、一層の赤字拡大に繋がることとなる。あとは貿易赤字とドル暴落のスパイラルである。
 以上少々へそ曲がりの議論をして来たが、私の本音は相手がアメリカであろうとも、極端な貿易不均衡は放っておいていいとは考えるわけではない。2015年の貿易統計によれば、同年の対米輸出額は15兆0935億円、輸入額が7兆8698億円、〆て7兆2237億円の黒字であった。このうち自動車本体(完成品)だけで4兆4916億円と輸出全体の三分の一、黒字額に対する比率は62%を超える。如何にも目立ち過ぎである。これに加えてトヨタアメリカ市場を睨んで、新たにメキシコに工場を建てようとしているわけだ。トランプさんならずとも怒って当然である。
 貿易は所詮ゼロサム・ゲームである。マクロ的には均衡が望ましいはずだし、国民経済的にも、輸出同等の輸入を図ることによって経済厚生はいっそう高まる。今問題であるのは、現状の対米輸出を絶対に守らなければならないという風潮である。それも詰めて見れば、トヨタをはじめとする自動車産業の輸出をなりふり構わず死守しなければならないという発想でしかない。自動車産業が輸出を稼ぎ収益を確保したとしても、それが国民経済的厚生のアップに繋がらないのだとしたら、それは意味のあることか否か、じっくり議論しなければならないであろう。安倍さんにそこまでの深考があればいいのだが、どうもそうではないのが心配だ。トヨタという角を矯めて日本国という牛を殺すのでは元も子もないということだ。