円高:本音で言えば耐えるしかない

 金融政策をめぐって日銀に対する批判が喧しい。こうしたなかで不思議なのは、白川総裁誕生に一役かったはずの民主党からの批判も強いことである。円高対策や景気対策に日銀が腰を上げないことに苛立っているということのようだ。昨25日付日経朝刊の一面にも、菅野幹雄編集委員が「策あるのに鈍すぎる」というタイトルで日銀批判が展開されていた。
 経済素人の民主党の先生がたと経済玄人の日経記者の双方から、期せずして同趣旨の日銀批判がされていることは非常に興味深い。加えて昨25日には、米倉弘昌日本経団連会長、岡村正日本商工会議所会頭、桜井正光経済同友会代表幹事の財界三巨頭が経済政策の尻叩きに財界首脳が菅首相にねじ込んだということだ。
 こうした攻勢に対して、政府・日銀も漸く重い腰を上げるということのようである。だが腰を上げるのはよいのだが、政策当局は政策実行のための実弾を持っているのであろうか? 財政はご案内のとおりである。新たな政策のためにはまたぞろ国債の増発に頼らざるをえない。
 金融政策については、26日付日経朝刊3面に整理されているものを見てみよう。これの第1が新型オペの拡充(資金枠を20兆円から30兆円に増額、融資期間を3ヶ月から6ヶ月に延長)、第2が国債買取増額(現行月1.8兆円)、第3が政策金利の引下げ(現行年0.1%)、第4が成長基盤強化に向けた貸出制度の積増しというものである。これが菅野編集委員が「策があるのに鈍すぎる」と言っていることの正体である。
 市場ではもしかしたら政策金利をゼロとし、さらに資金をジャブジャブにすることによって、そのメッセージに反応することがあるかもしれない。しかし一方実体経済は如何であろうか? 金利は十分に下がっており、また提供される資金の総枠も十分であるはずだ。とすればこれ以上の政策は何をどうしても空振りにならざるをえない。それもただ空振りするだけならまだしも、さらなる低金利の弊害、過剰流動性の不気味な蓄積が進み、必ずや将来の政策運営に禍根を残すことが必至である。
 いくらマクロ金融政策で低金利を促し、資金提供を図っても、それが企業レベルで有効に活用される地合いが整わなければ、経済振興策としては失敗である。金融緩和策ではよく中小企業金融が話題とされる。資金の不足する中小企業に潤沢に資金提供図る。だが実際の中小企業向け貸出は一向に増えない。
 なぜか? これは極めて簡単な話である。一過性の資金不足であれば借りもしよう。しかし先行きの業況が定かでないなかでカネを借りれば、待っているのは借金地獄でしかない。借金地獄に陥ることが明らかであるのにカネを借りる経営者は、端から返さないことを決心している者しかいない。まともな経営者はそんなことはしない。だからマクロベースでいくら資金を潤沢にしてもミクロの企業ベースには浸透しないのだ。
 日銀に戻る。金融のプロ中のプロである日銀は先刻そうしたことを承知している。だが日銀の立場で持てる政策手段がもうないなどと言えるわけはない。公然の秘密である。分かってはいてもそれを言ってしまえば、格好の市場の餌食となってしまう。口が裂けてもこれは言えない。だから言わないだけのことだ。政府・日銀が市場を静観すると言うのはそういう意味である。こうした経済学のイロハを知ってか知らずか、政治家先生も、マスコミも、財界もないものねだりを繰り返す。1億総駄々っ子である。
 今われわれはがやらなければならないのは、自分に出来ることを粛々とやること以外にはない。政治家先生は、政策手段が極めて限られているという現実を冷徹に受け止めたうえで次善の策に智恵を絞る。マスコミは、マッチポンプやあら探しは止めにして真の国益を追求するなかでの報道に徹する。そして財界。諸悪の根源こそ財界である。いずれにしても駄々っ子ぶりっ子はもう止めよう。
 財界のおねだり体質は何時から身についたものであろうか? 円高と言えば政策が悪い。景気が悪いと言えばカネを出せ。円が高いから、法人税が高いから海外に出て行かざるをえない。海外に出て行けば雇用は保証の限りではない。これが脅しでなくてなんであろう。乏しい血税からエコカー補助金やエコポイントを搾り出して、環境が悪くなったらまたカネをくれ。放蕩息子もかくばかりの醜態である。
 たとえばエコポイントをおねだりする家電業界は、ガラパゴス化と揶揄される体たらくをどう始末をつけるというのだろうか? ガラパゴス化は誰のせいでもない。自らの経営の失敗である。その責任を政府ひいては国民に転嫁するのは明らかにおかしい。エコポイントなどは結果的にその尻拭いの具にされてしまっている。
 要するに経済対策にしても円高対策にしても、出来ないことは出来ないのだから過剰な期待をしてはいけないということだ。とりわけ外為市場はジョージ・ソロスイングランド銀行を破綻に追い込んだように、魑魅魍魎の住む世界である。そんなものまともに相手にしても勝てるわけがない。
 市場という怪物に一旦生命を与えてしまった以上、それがどう暴れようとわれわれは静観する以外に方法はないのである。今やらなければならないのは決して小手先の対策などではなく、じっと嵐を凌ぐなかで出来ることやるべきことをやるということでしかない。それが正直なところである。いずれにしても賢くならなければならないということではある。