結党!『たちあがれ老人』党

 『たちあがれ日本』党の立ち上がりの評判が極めて悪い。平均年齢が69.何歳だとか、自民党の戦犯のくせに大きな顔をするなとか、某老害大物主筆大勲位の影が気に食わないとか、散々である。正直なところ彼らに多くを期待出来ないことは明らかであろう。ただこのなかで自分の年齢が高齢の域に達して来たこともあろうが、単純に「年齢が高いから駄目だ」という批判には疑義がある。その趣旨は本欄の「『結党!老人党』に拍手」(2009年8月13日)で書いたとおりである。
 WOWOWのドラマ『結党!老人党』では既往の政治家に絶望した市井の老人が立ち上がり、主人公は総理大臣にまで登り詰める。しかし彼は最後にあっけなくあの世に旅立ってしまう。このプロットは実に巧妙である。登り詰めてもあとがないのだから、権力にしがみつくことはない。ただただ理想を追求するだけである。
 政治に新風をという場合に、若い候補を支持するのが一般的である。だが単に若ければいいのであろうか? 小泉チルドレンとして当選した最若手の某先生は、「報酬が何千万円で、宿舎つきで、乗り物もフリー。加えて高級料亭で旨いものが食える」という趣旨の発言をして物議を醸した。彼の人物像はこれに尽きるものではないかもしれないが、こんな発言を不用意にしてしまうこと自体、国会議員としての資質という以上に社会人としての資質を疑われても仕方がない。
 では本物の小泉チャイルドは如何であろう? さすがにイケメンの特権。女性人気は圧倒的に高いようであるが、ぶら下がりのインタビューや代表質問の内容を拝見する限りでは、まったく合格の域には達していない。内容に加えて親父以上に態度が悪い。とても国政を託するような人物ではない。
 もっとも小泉チャイルドと同じ選挙区から出馬して、復活当選した民主党の某先生も大同小異である。彼も若さが売り物であるが、兎に角目立ちがり屋で出たがり屋のパフォーマー。そんな側面ばかりが鼻についてしまう。国政を担う力も情熱も傍目には少しも感じられない。
 彼ら3人に共通するのは、第一に、社会経験不足であること、第二に、勉強不足であること、第三に、政治を職業としていること。この3つである。政治家は何よりも民情に長けていなければならないにも拘わらず、実社会経験がないのでは民情を慮ることなど出来るはずがない。勉強不足は基本的に教養に欠けること。生きた教養は座学からだけでは決して身につけることが出来ない。そして政治家を職業としてしまうと、飯のタネとしての議員バッチに必要以上に執着が高まり、政治を選挙と勘違いしてしまう。
 このことは彼らに限ることではなく、政治家を目指す若手一般に共通する特質であろう。若いというだけで、彼らに国政を委ねてよいはずはない。ただこのことは年寄り政治家一般にも通用する話ではある。
 小泉さんもそうであるが、それ以降の安部さん、麻生さんなども基本的に同様の構造である。民主党に目を向けても、鳩山さん、小沢さんをはじめ多くがその構造を持っている。真の社会経験が不足し、多分教養にも劣り、かつ政治家を稼業とする。だから彼らの内閣は端から足取りが覚束ないのだ。そして何よりも彼らを戴かなければならないことは国民の不幸である。要は若いとか年寄りとかの問題ではなく、根本的にこの国の政治家は本来資格を持たないものばかりということである。
 また民主党の先生がたには松下政経塾の出身者が多い。彼らの大半は学生時代から政治家を職業として目指して来た人たちである。したがって彼らは実社会の社会経験を持たない人が多く、また真の教養が社会経験に根ざすとすればそのチャンスも持っていない。ロースクールビジネススクールのヴァーチャル体験を社会経験と理解する、勘違い甚だしい人たちである。このことは某大臣の言動や事業仕分けにおけるパフォーマンスを見れば、一目瞭然であろう。
 『たちあがれ日本』の高齢批判は批判として分かる。だがその批判が必ずしも的を得ていないことを言いたかった。改めて考えて見ると分かっていることではあるが、実に暗澹とせざるをえない。ドラマに倣って、先はない(権力に執着しない)が、実生活の知恵(教養)を豊富に持ち、かつ世代間に公平な年寄り(年寄りは若い時代も経験しているが、若者は年寄りを経験していない)による『老人党』の結成が今こそ必要ということであるのかもしれない。そうした資質を持った高齢者は身の回りにいくらでもいるし、彼らは歳費などにも頓着せず、ボランティアも厭わないであろう。『たちあがれ老人』ということだ。