JALの年金問題を考える:懸念は虚業三勇士の跋扈

 JAL再建を巡っては、企業年金の削減問題ばかりがクローズアップされているようである。しかし肝心なのはJALが今後本当に再建可能か否かということである。日航OB氏だってJAL自体が破綻してしまえば、元も子もないことは充分に承知しているはずだ。年金を削られる一方で、結局潰れましたでは何のための妥協であったかということになってしまう。私はJALに縁もゆかりもないが、OB氏の心情を忖度すればそれが最大の問題といっていいであろう。もっといえば、年金問題でJALの悪業を挙げ連ね、再生の鍵はこれだとばかりに一挙に政治問題化させる。こうした見え見えの手法に、OB氏は辛抱堪らないということであろう。
 JAL再建に関して、私はそもそも再建タスクフォースに直感的な胡散臭さを感じてならない。チーム前原は、リーダーが高木新二郎さん(野村證券顧問、元産業再生機構産業再生委員長)、作業統括としては冨山勝彦さん(経営共創基盤代表取締役、元産業再生機構代表取締役専務)、田作朋雄さん(PwCアドバイザリー取締役パートナー、元産業再生機構取締役(産業再生委員))、大西正一郎さん(フロンティアマネジメント代表取締役、元産業再生機構マネージングディレクター)、奥総一郎さん(レゾンキャピタルパートナーズ、ラザードフレール・シニアアドバイザー)ということで、このうち冨山さんはサブリーダー、奥さんは連絡担当を兼ねていたということだ。
 またこうしたタスクフォースには、作業統括の下に、西村あさひ弁護士事務所やボストンコンサルティング・グループから派遣された100名以上に及ぶ専門家とされるスタッフが名を連ねていた。因みに、これらの作業に対して支払われる費用は10億円規模ということでもある。
 要するに今回のチーム前原の主要スタッフは、産業再生機構の流れを汲む人々が大半であり、スタッフの出自にも弁護士や公認会計士の類の専門家が多いということである。私も個人的に事業再生の場面に出くわしたことがあるが、こうした出自の人たちが打ち出すプランはまず債務圧縮・人員削減・資産売却がワンパターンの三点セットであり、その後に事業分割・売却の手段が取られるにすぎない。すなわちリストラとM&A以外にはあまり知恵がないのである。達観すれば、真の意味での事業再生とはほど遠い方策しか打ち出されないのである。
 こうした手法は市場原理主義の専売特許ではないかもしれないが、同主義がわが世の春を謳歌しているときにもっぱら採用されていたものであることは間違いがない。市場原理主義からの離脱を宣言する民主党政権がどうしてこうした人たちに依存しなければならないのであろうか。
 私ごとであるが私は若い頃、当時再建屋(乗っ取り屋?)として名高かった東洋製鋼社長の大山梅雄さんのオフィスに出入りしていたことがあった。大山さんは津上とか池貝鉄工など多くの企業の再建を果たしたことで有名な人物で、訪ねるといつも、広いオフィスで秘書のデスクと鍵の手に設えた自机で一心不乱に判子押しに勤しむことしきりであった姿が、忘れられない。仄聞するところによれば、100円以上(あるいは1000円以上)の決裁はどの会社でも社長自らが行っていたということだ。
 大山さんは再建という荒業を生業としていただけに、立場立場によって評価は様々であった。しかしながら、大山さんが再建に乗り出す企業は必ず自らが土地勘を持つ業界であったことだけは確かである。造船業界で活躍した坪内寿夫なども、大山さんと同じ立場をとっていた。そして彼らのリストラは、単なるリストラではなくリエンジニアリング(今は死語か?)であった。
 強調したいのはその点である。繰り返しになるが、産業再生機構などの再生手法は基本的に、債務圧縮・人員削減・資産売却の三点セット+事業分割・売却が主体であり、リエンジニアリングにはほど遠いものである。時代背景は別にしても、大山・坪内式企業再建と再生機構式再建とでは天と地ほどの差がある。加えて事業分割・売却等のM&Aなるものが、再建とは名ばかりの利権の山であるとすれば、後者にはそうした胡散臭さも付きまとう。
 はっきり言おう。要は、弁護士・会計士・コンサルタント虚業三勇士に真のリストラ、すなわちリエンジニアリングは端から出来ない相談なのである。彼らの本来的業務は黒子である。黒子が表舞台で大手を振り出せばろくなことはない。それがアメリカを反面教師として学ぶということの肝要である。出来ない人たちが出来るふりをして、ことに臨み、そして実情を理解しない政治家が訳知り顔に振る舞うことによって、それが加速され、世の中が滅茶苦茶となってしまう。バブル破裂後の処理はその繰り返しであった。前原さんは何の見識があって、虚業三勇士を重用したのであろうか? 前にも書いたが、この辺が前原さんの限界ということなのであろう。
 JALに戻る。JALは明らかにそうした虚業三勇士に蹂躙されてしまった。OBたちがすっきりと納得しないのは、そうした胡散臭さがひんぷんと臭うからこそ、態度を硬直化させるのであろう。JALの企業年金が高いか安いかは知らない。もっと高いところはいくらでもあるし、逆に、最初から企業年金の恩恵を受けないサラリーマンも多い。
 今回のJALの年金を巡る議論では、年金が、公的資金投入に際しての人質となってしまっているが、例えば、あれだけ物議を醸している公務員の年金、とりわけ民間の企業年金に倣った職域加算(税金による負担)との整合性はもっと衆耳に晒されてよい。また年金債権の法的保護がなぜ厚いのかという議論をないがしろにしてしまうことも、自分で自分の首を絞める結果となる。
 JALは功名ばかりを追い求める政治家先生のパフォーマンスの具にされてしまったが、われわれ国民はマスコミ報道に踊らされることなく、事態の推移を見守らなければならない。再生に名を借りた借金棒引き、人員削減、年金カットに加えて、バラバラに解体された挙句の切り売りではステークホルダーのことごとくは納得が行かないはずである。庶民感情を不要に煽る形で年金問題に衆目を集める手法は、小泉劇場と何ら変るところがない。問題の本質はそんなところにはない。こんなことをしている間に、ヴェネチアと見紛うばかりの地盤沈下が進んでしまう。