亀井さん頑張れ!の意を込めて:借金返済猶予問題に思う

 亀井金融担当相の中小企業に対する借入金の返済猶予に対して、与党内が揺れているとの報道である。気の早い向きはここで閣内不一致が高じれば、鳩山内閣は早くも瓦解してしまうとのご託宣をのたまう向きもあるようだ。だが本当にこれは与党内で一致出来ないことがらなのであろうか?
 この件に関しては何時ものことながらマスコミに大きな責任がある。亀井さんは「返済猶予」としか言っていないはずである。それが「徳政令」とか「借金棒引き」との言葉ばかりが先行し、事態を正確に把握しない人に対して一層訳を分からなくしてしまっている。今回のマスコミの報道から拾うと亀井さんの提案は「モラトリアム」が一番近い。
 言うまでなく「モラトリアム」は棚上げということである。この場合借りた借金はいずれ返さなければならない。しかし「徳政令」とか「棒引き」は借金をちゃらにするということである。借りた金を返さなくていいということである。法治国家において民間同士の貸借を国がなかったことにするというのは、江戸時代ではあるまいし基本的におかしな話である。
 ただこうした話は昭和恐慌に遡るまでもなく、バブル後の不良債権処理において実施された債権放棄ということがある(これは明らかに借金「棒引き」であった)。これは債権放棄を国家が強制したものではなかったかもしれないが、そこに国の意図が働かなかったかと言えばそうではないであろう。と言うことは今回メガバンク・サイドがこれに反対するとすれば、大企業にはそれが出来ても中小企業には出来ないということになってしまう。預金者保護を謳い文句にすればするほど、メガはド壷に嵌ってしまう。
 翻って金融機関の本音は「良い先の残高は落としたくないが、悪い先の残高は落としたい」ということであろう。規模に拘らず金融機関は「良い先にはモラトリアムを能動的に実施したい」というのが真実である。悪い債権が積帯するということはまたぞろ不良債権の山であり、現在の金融検査マニュアルに従えば収支が急速に圧迫されることとなる。この限りでは金融機関の懸念はもっともである。
 しかしながら亀井案はそんなに荒唐無稽なのであろうか? 私はこれは世間が言うほどに滅茶苦茶な話ではないと考えている。金融機関はこれまでも返済猶予・金利棚上げなどの自主的モラトリアムを実施してきた実績をもつ。また借金棚上げも金融機関にとっては望ましい面もあるわけだ。
 では何が問題か? 亀井さんはこれを法律を作って対処すると言うわけだが、法律を作ってこれを実行するということは、法律に定める条件を満たせば機械的にそれが実施されてしまうということになってしまう。実務的にはこの条件設定が極めて難しい。
 一番簡単なのは例えば「希望する人に対しては全て、向こう3年元金の返済を猶予する」というものであろうが、こうした場合、先般の特別保証枠で問題化したようにモラルハザードの再起が大いに懸念される。また加えて「そうした対応によって生じた損失を公的資金で補填する」ということにすれば、これも特別保証枠で問題となったわけであるが、金融機関側に生じるモラルハザードが心配となる。ユル褌になってしまうということだ。公的資金による補填ということはすなわちわれわれの税金の投入である。
 私は天と地がひっくり返った時には、こうした策の採用もありえると思う。問題は只今現在が、藤井財務相が言うように、その時期にあるのかどうかである。この判断は「入口論」において極めて重要である。この見極めが出来なければ先には進めない。そうした見極めさえつけば単純に「希望する人全てにモラトリアムを実施し、損失は政府が補填する」ということでよいと思う。
 だがそうした時期との判断がつかない中でこれを実行しようとすれば、借り手・貸し手双方に生じうるモラルハザード問題を回避しつつ、政策の実効性をあげなければならない。それには「モラトリアム法」(仮称)の制定を急ぐのではなく、金融機関の融資判断に自主性・自律性を回復することが先行されなければならない。以前のある時期には確実にそうであったように、金融機関の自主性・自律性が保証されれば問題の大半は氷解するはずである。そのためには、諸悪の根源である金融庁の「金融検査マニュアル」を大胆に改正すべきであるということだ。
 世界中の金融マンはリーマン・ショックを引き合いに出すまでもなく、須らく「金融が公共財であり、金融がロマンである」ことをすっかり忘れてしまった。そうした意識の回復を先行させなければ、「モラトリアム法」を力ずくで制定したとしても元の木阿弥である。公的負担をするとすれば、また新たな財政危機の火種を抱え込むこととなってしまう。
 現在の金融における根本問題は、世界の金融機関がことごとく金融の原理原則・理念を忘却し、リスク回避を金科玉条にその実意地汚く金儲けに走ったことである。現在の「金融検査マニュアル」はそうした思想を否が応でも背負っていると言ってい。これを原点回帰させなければ、どんなに小手先の策を弄しても問題は解決しない。そのことを亀井さんには是非お分かり頂きたい。
 繰り返すが、私は基本的に亀井さんの発想は正しいと思う。だがそれの実行には順序と方法を間違えないでほしいということである。亀井さんが悪いのは強面過ぎることだ。亀井さんが何かを言い出せば、話を聞く前に皆身構えてしまう。それとこれは前原さんにも言えることだが、頭が良すぎるために結論を先にポンと言ってしまい、結果的に充分に説明責任を果たしていないことである。亀井さん頑張れ!の意を込めて、敢えて亀井さんに苦言を呈した次第である。