小沢さん今は辞めないで下さい

 小沢一郎さん、私は貴方が好きではありません。だけど今は代表をお辞めにならないで下さい。
 小沢スキャンダルについて、元東京地検特捜検事で、現在桐蔭横浜大学法科大学院教授の郷原信郎さんの見解が興味を引かれる。『日経ビジネスオンライン・ニュースを斬る』中の「小沢代表秘書刑事処分、注目すべき検察の説明」(2009年3月24日)、「検察は説明責任を果たしたか」(2009年3月25日)を見てみよう。
 これらの中で郷原さんはまず、「総選挙を間近に控えたこの時期に、逮捕事実としてあげている比較的軽微な形式要件だけで、次期総理の最有力候補とされる野党第一党党首の公設秘書をなぜ逮捕したのか」という疑問を呈される。そして検察内部にいたことのある目で見て、こうした逮捕が公然と行われること自体不思議であり、その特異性に照らした場合、これには検察の説明責任が求められる。またもし検察がこれに応じないということであれば、検察ファッショであり、「検主主義」であるとまで言い切る。
 郷原さんが検察に求める説明は、第一が、違反の成否に関する点、第二が、悪質性の評価に関する点、第三が、検査手続き・手法に関する点の3つである。
 第一は、本件の政治資金収支報告書の虚偽記載について、どのような法解釈に基づいて「虚偽記載」と判断したのか、また寄附者とされる政治団体に実体がないということであったとしても、逮捕された秘書がそれを認識していたのかどうか、この2点について説明が必要ということである。
 第二は、政治資金規正法の目的・理念から、罰則の対象とされる違反は、収支報告書の訂正や改善指導などでは目的が達成されない「悪質」な違反に限定されるはずであり、悪質性をどう判断したのか、この点についての説明が求められるということである。平たく言えば、同程度の違反は多くの議員がやっているのに、なぜ小沢さんが狙い撃ちにされたかということである。
 第三は、逃亡の恐れや罪証隠滅の恐れなど、身柄拘束の「必要性」「相当性」が薄いのにも拘らず、なぜ同秘書の逮捕・勾留にまで踏み込んだのか、この点について説明が求められるということである。逆に言えば、郷原さんの検事生活の経験から言って、本件は逮捕・勾留の必要性が認められないということである。
 私は法律全般にも、政治資金規正法にも詳しくないが、本件は極めてグレーゾーンの事件ということであろう。要するにこの類の事件では、検察のオプションの範囲が広いということであり、検察が充分な説明責任を果たすことが出来ないのであれば、みだりにこの法律の発動はしてはならないということである。
 この事件に関して思い出されるのは、リクルート事件連座して有罪判決が確定した藤波孝生さんのケースである。リクルート事件に関しては、自民党を中心に多くの大物政治家に疑惑の目が向けられた。こうした中で、政治家ルートでは藤波さんともう一人池田克哉代議士の二人だけが有罪とされてしまったのである。しかも藤波さんは一審では無罪判決を受けているのである。藤波さんはこれで政治生命を絶たれ、晩年は重い病も得て、真相を明らかにすることなく、失意のうちにこの世を去った。
 この場合、大きな疑問は藤波さんと池田さんの二人だけがなぜ有罪とされたのか、逆に言えば、他の名前が取り沙汰された人たちは法に照らして本当に清廉潔白であったのかということである。一説には、藤波さんの親分であった大勲位の責任を彼が一身に被ったということも言われているわけである。
 ロッキード事件田中角栄さんもそうである。田中さんも時の総理が三木武夫さんでなければ逮捕されなかった公算が大きいと言われる。その昔は極めて乱暴に法務大臣の指揮権発動によって難を逃れた大物政治家もいた。
 今回の事件が国策捜査であるか否かは門外漢には分からない。ただ国策捜査か否かは別にして、政治資金規正法の適用に関してオプションの幅が広いのだとすれば、政治とカネの問題で摘発されることについて、政治家は場合によって、不公平と感じても仕方がないことでもあろう。小沢さんのように、様々な疑獄事件を身近に目の当たりにして来た立場からは、余計そう見えるのであろう。
 卑近な例で言えば、交通違反の取締り。多くの人が経験していることと思われるが、ネズミ捕りなどに引っかかった人は運が悪かったとしか思わない。あの車も同じスピード出しているのに、なぜ自分だけを捕まえるのか。一罰壱百戒などという理屈が法理論の中で成立するのかどうか寡聞にして知らないが、摘発された立場からは充分な説明責任を果たしてもらいたいと思う。
 いずれにしても、今回のスキャンダルも極めてグレーゾーンの中での事件と言えよう。千葉県知事選に見られるように、これで政治の流れがすっかり変わってしまったということである。冒頭書いたように、私は小沢一郎さんが好きではない。だが現在の政治・経済・社会の閉塞状況を打破するためには、今の自民党には野に下ってもらう必要があると考えるのである。
 その求心力としては、鳩山さんや菅さんでは役不足である。まして岡田さんや前原さんでは先の展望が見えて来ない。だから小沢さんなのである。今回のスキャンダルで仮に小沢さんの政治生命が絶たれたとしたら、検察は小沢さんに期待する国民にどのように責任を取るのか。そのためにも、郷原さんが指摘するように、異例であるかもしれないが、検察は国民に対する説明責任を果たさなければならないのである。
 それにしても、やはり一番いけないのはわれわれ国民である。小沢さんのきな臭さはある意味で衆人周知のことと思う。それを今更こういうことが表沙汰になったからといって、支持率を急落させる浅ましさを見るにつけ、同じ日本国民であることが恥ずかしくなってしまう。単純正義に付和雷同する中で、そうした無定見さが自分で自分の首を絞めていることになぜ気がつかないのであろうか。千葉県民が森田健作さんを選んでしまったことは、その典型である。もっともそれを同じ無定見さで煽るマスコミはもっと悪いにせよ…。