GDP統計を信用してよいのか?

 去る2月16日に昨年10−12月期の国内総生産GDP)速報値が発表され、この結果を同日の日経新聞夕刊はトップ扱いで「GDPマイナス12.7%」と、極めてセンセーショナルに伝えた。朝毎読の三大紙もまったく同様の反応であった。ただこの見出しには日経と三大紙で微妙な差が見られた。それは三大紙では数字の前に“年率”という文言が冠されていたのに対して、日経ではそれが抜けていたのである。日経の読者のクォリティーから言えば、そんなことは当たり前という判断の下に敢えて外したのかもしれないが、兎に角抜けていたことは事実である。
 しかしここで“年率”と謳うか謳わないかで重要な差異が生じる。大抵の読者は見出しを見るだけで済ますことが多いわけである。「マイナス12.7%」という数字だけがインプットされ、景気が滅茶苦茶悪いという印象だけが刷り込まれてしまう。また“年率”と冠されていたとしても、一般読者には何のことか分からない場合も多いことであろう。
 そうしたところから念のため、GDP統計の“年率”成長率について若干敷衍することとしたい。これは別名“瞬間風速”とも言われ、全く同様の前期比伸び率が1年間続いた場合に、こうした成長率になるということを示す。計算式としては、
  年率%=(1+前期比伸び率%÷100)4−1)×100
で表わされる。4乗するのは四半期値を年値にするためである。今回の場合も単純な前期比の値はマイナス3.3%であり、これを上記の算式で計算すると年率マイナス12.7%となってしまうということだ。同じマイナスでも、3.3.%と12.7%では当然のこと与える印象が全く異なる。
 繰り返すが、年率換算値というのは各四半期毎に同じ伸び率が続くことの結果ということであり、これは“虚構”の数字であるわけだ。マスコミが“虚構”の数字を見出しに使うのは、反則技である。事態を一層深刻に伝えるために、敢えてこの数字を使うのであるから、その罪は大変重い。1億国民が悉く閉塞状況に陥っている中で、これは一種の風紀紊乱罪とも言えるからだ。とまれ日経のように端から、“年率”を省いてしまっては言語道断であるわけだ。
 この際、そもそもGDP統計とは何ものかということについて考えてみたい。GDPは“Gross Domestic Production”の略で、その邦訳が国民総(粗)生産である。要するに一定期間に、“国内”で稼ぎ出された(粗)付加価値を総計したものがこの統計である。
 ところでこれは一次統計ではない。内閣府(旧経企庁)が一定のルールに基づいて作成した“推計値”である。この統計が“推計値”であることはつい忘れがちであるが、その事実は非常に重要である。飽くまでもGDP統計は“推計値”である。推計値であるところからして宿命として、この統計には大きな推計誤差が付きまとう。一説によれば、そうした推計誤差は10%を上回ると言われたりもする。エコノミストと称される人たちがコンマ以下の成長率について議論することが多いが、達観すれば彼らの議論は、全て誤差の範疇の議論ということでもある。またGDPの国際比較などもよく行われる。この場合真面目に統計を作成するわが国と、例えばどう考えても統計が未整備な中国とでは、そもそも比較など困難であるはずだ。いずれにしてもこの統計は、確度の高い真実を示すものではないことに格別の注意を要するということである。
 GDP統計では基本的に、名目・実質、季節調整前・後と四通りの数値が示される。一般に四半期ベースの成長率には季節調整後の実質値が用いられることが多い。前10−12月期のマイナス3.3%(年率マイナス12.7%)の数字も、季節調整後の実質成長率ということである。こうした四通りの数値を計算するためにはこれだけでも四通りの推計が必要になるわけだ。
 四半期ベースでのGDP成長率を推計するためにはざっと見ても、「一次統計(家計調査、法人企業統計等)の入手・加工→名目GDP(原系列)の推計→GDPデフレーターの推計→実質成長率(原系列)の推計→季節調整指数の推計→実質GDP(季節調整系列)の推計」といったプロセスを経なければならない。要するに推計・推計の繰り返しということである。推計である限りにおいては、誤差が発生しない方がおかしい。GDP統計は経済政策を左右する重要な情報をもたらす統計であるが、これは実はその確度があまり高くないということなのである。したがって決して鵜呑みにしてはいけないのである。
 景気の状況が極端に悪いとしても、只今現在二桁のマイナスということはないであろう。仮にGDP統計が正しいと認識されたとしても、前10−12月期の実質成長率は前期比でマイナス3.3%、前年比でマイナス4.6%。言えるのはここまでである。それ以上の年率換算値などは目一杯の勇み足である。なお同期の名目成長率は前期比でマイナス1.7%、前年比でマイナス3.7%である。実感的にはそんなものではなかろうか。徒に二桁のマイナスを強調するのはマスコミの野蛮である。
 また年べース(暦年・年度)の成長率は概ね
 ゲタ+0.4×第一四半期前期比伸び率+0.3×第二四半期前期比伸び率+0.2×第三四半期前期比伸び率+0.1×第四四半期伸び率(数字は重み係数)
で示される。このことは年ベースの経済成長率は、ゲタと第二四半期までの結果でほとんど決まるということである。ゲタというのは次年(度)への発射台であり、これは
 第四四半期季節調整済み年率GDP÷年(度)間GDP
で求められる。この算式に従うと、2009年へのゲタはマイナス2.9%と計算される。したがって本年のGDP成長率は各四半期がゼロ成長でもマイナス2.9%とマイナス成長になってしまうのである。実質ゼロ成長でもゲタがマイナスであれば、その年の成長率はマイナスになるということである。技術的な話で恐縮であるが、GDP統計を見る場合には、表面的な数字にばかり目をやるのではなく、その深層を探らなければならないということだ。
 一方GDPデフレーターの動きにも気をつけなければならない。これはなかなか分かりにくいかもしれないが、輸入デフレーターが上昇する時には“局面的”にGDPデフレーターは下降することとなる。これはどういうことかというと、輸入がGDPの控除項目であるため輸入デフレーターの上昇は、総合物価指数であるGDPデフレーターを下降させるのである。こうしたことが生じるのは、要するに物価の波及にタイムラグが必要だからである。ここでは兎にも角にも輸入デフレーターが上昇し続けている時には、GDPデフレーターは下降するのだということをよく覚えて頂きたい。
 この数年、円安・資源価格の高騰などのために、輸入デフレーターは上昇傾向にあった。ただこの場合輸入デフレーターを見ているだけでは不充分であり、併せて輸出デフレーターとの相対的関係を斟酌しなければならない。両者を併せて見るためには“交易条件指数(=輸出デフレーター÷輸入デフレーター×100)”が便利である。前10−12月期のGDPデフレーターは前期比5.7%、前年比1%と一転して上昇に転じたが、この間交易条件指数は前期比14.9%、前年比2.0%と上昇に転じている。実質成長率の大幅な下落にはこうした技術的要因も影響しているということである。
 今日言いたかったのは、まずGDP統計の報道について、極端に景気の悪さを強調する態度が気に食わないということであった。徒に国民の不安を煽るのではなく、マスコミには見識ある対応が望まれるということである。またGDP統計は一旦リリースされると、権威面してまことしやかに経済の実体を表すものとして振舞う。だがこれは決してGDPの実体を忠実に示すものでない。われわれはこうした“虚構”に惑わされてはならないということも言いたかった。“虚構”に振り回されれば景気は一層悪くなってしまうからである。