痴話喧嘩している場合ですか?:日経・CSISセミナーから考えたこと

 昨日(18日)は帝国ホテルで行なわれた、第5回日経・CSIS共催シンポジウム『米新政権と日米同盟の課題』を聴講した。講演者・パネリストはJ.J.ハムレさん(米戦略国際問題研究所"CSIS"所長兼CEO、元米国防副長官)、J.ナイさん(米ハーバード大学教授、米CSIS理事、元国家情報会議"NIS"議長)、J.ケリーさん(米CSIS上級顧問、元米国務次官補<東アジア・太平洋担当>、元六カ国協議米国主席代表)、K.キャンベルさん(新米国安全保障研究所"CNAS"CEO、前CSIS上級副所長、元米国防次官補<東アジア・太平洋担当>)、M.グリーンさん(元米大統領補佐官<国家安全保障会議上級アジア部長>、米CSIS上級顧問・日本部長、米ミャンマー問題担当特使兼政策調整官、米ジョージタウン大学準教授)で、モデレーターが谷内正太郎さん(前外務次官、早稲田大学日米研究機構日米研究所客員教授慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別招聘教授)、西原正さん(前防衛大学校長、財団法人平和・安全保障研究所理事長)という正に綺羅星のごとき錚々たるメンバーである。
 ここまで肩書きを書くと書くだけで疲れてしまうが、臨場感を共有するために敢えて馬鹿な努力をしている。それにしてもこの催しは5回目ということであるが、日経も随分とおカネと手間暇を掛けたものである。これだけのメンバーが一堂に会せば否が応でも期待が高まる。だが…。
 このセミナーのエッセンスは、関係の深いバーの女の子が「あーさん(米国)、最近とんとお見限りね。他にいいヒト(中国)出来たらしいじゃない。私(日本)のことはどうしてくれるの?」というような痴話喧嘩話に尽きると言ってよい。講演者・パネリストの5人が5人ともに口を揃えて、この弁明に終始していた。
 たとえばハムレさんは現在の日米関係を老夫婦に例えた。「成熟した関係に達した老夫婦はレストランでも会話がない。日米間はそれと同じだ」と言うのだ。これに対してモデレーターの西原さんが「レストランで会話のない老夫婦というのは離婚間近ということでは?」と混ぜっ返すと、すかさずキャンベルさんが「そういうことでもあるが、レストランで傍若無人に振舞う二人の子供(中国と北朝鮮)に礼儀作法を教えるのに汲々としている夫婦に例えた方がよいかもしれない」とフォローに回るなど、妙に面白くまた妙に空しかった。
 100年に一度という危機が叫ばれる中で、「私を袖にしないでよ」。いやいや「そんなつもりはないんだよ」。こうした応酬の4時間半は如何に暇人の私であっても、実に無駄な時間を過ごしてしまったとの後悔が先に立ってしまう(日経はこんな企画で本当に満足しているのであろうか? CSISのメンバーは束の間のホリディを楽しんでいるようにしか見えなかった)。
 これまで米国はPax-Americanaを謳歌して来たことは間違いない。しかしPax-○○が成立するのは、ローマ帝国にしても大英帝国にしてもその国が圧倒的な経済力を有する時であった。そうした意味では80年代以降の米国は既にその地位が危ぶまれていたわけである。それが20年以上も持ち堪えたのは、一つは日欧の不明、もう一つが米国の金融マジックであった。もの作りを放棄した米国は金融に延命策を求め、それが一定の効果を現したわけである。だが所詮金融とバブルは同義語であり、バブルが弾けてしまえば経済力を急速に失うことは当たり前の話である。
 そうした基本構造の変化を認識せずに、米側は「これからも僕ちゃん(米国)が頑張らないとね」と言い、日側は「分かってるわよ。だけど私(日本)と彼女(中国)とどっちが大事なの?」といった議論を不毛と考えるのは私だけであろうか? 今大事なのは世界経済再生への構想を明確に提示することである。痴話喧嘩に近い与太話ではない。
 経済再生に関して、私は経済運営に失敗に次ぐ失敗を重ねている米国にもはやその力はないと考える。わが国の最大の間違いは未だに米国頼りの気分を払拭出来ないことである。「何時までもあると思うな親とカネ」は絶対的な真実である。トヨタにしてもキャノンにしても予想出来ない市場の冷え込みに直面したと言う。だから彼らは経営者の責任ではないと考えるのかもしれない。だが私はこれは完璧に違うと思う。何時までも米国頼みの経営しかやらないからこうなっただけである。親とカネではないが、何時までもそれ頼みの経営しかやって来たからそうなってしまっただけのことである。真に賢明な経営者であればその不具合は予め透徹し得たはずである。責任は飽くまでも経営者にある。
 財界を牛耳る経団連会長にはトヨタ奥田碩さん、キャノンの御手洗冨士夫さんと現代の名経営者と言われる方が相次いで就任した。だが今回の危機に際してトヨタ、キャノンともに慌てふためく様しか見えて来ない。彼らは本当に名経営者なのであろうか? 現下のトヨタ・キャノンの危機対応は最低である。経団連会長は財界総理である。財界総理が率先してリストラに走るのは、麻生さんが一方で雇用対策を叫びながら他方で自分の会社で首切りを行なうのと同じことである。
 雇用調整が必要だとしても、トヨタやキャノンは殿(しんがり)を務めるべきである。それが財界総理の矜持ということではないのか? 経団連会長の重みを奥田さんも御手洗さんも充分に理解しているとはとても思えない。船長は船と運命をともにするのが常識である。それが真っ先に逃げ出すのではそもそも船長の重責など端から担うべきではない。政治家のみならずこの国のリーダーに欠けるのはノブレス・オブリージュである。小手先の米国風経営学などは大人(たいじん)には無用の長物と考えてよい。