オバマさんの勝利に思う:始まったアンダードッグの時代

 昨日の米大統領選では下馬評どおり、バラック・オバマさんが圧勝した。オバマさんの名前を聞く時、私の頭の中には必ず一人の人物が思い浮ぶ。その人物とは、英ヴァージン・グループ総帥のリチャード・ブランソンさんその人である。
 私の中でオバマさんとブランソンさんは、「アンダードッグ(=”underdog”)」という言葉を通じてイメージが重なる。私が「アンダードッグ」という言葉と初めて出会ったのは、D・A・アーカー著『ブランド・リーダーシップ』という本の中であった。
 最初に読んだこの本の翻訳本の中では、ヴァージン・ブランドを特徴付ける要素として「負け犬」ということが指摘されていた。しかし「負け犬」と言えば”loser”しか思い当たらない私には、なぜ”loser”がブランド要素とされるのか全く理解出来なかった。そこで「負け犬」が”loser”であることを確認するために原典に当たってみたところ、「負け犬」は”loser”ではなく”underdog”の訳であることを発見したのである。
 辞書を引くと”underdog”には確かに「負け犬」という訳がある。この他にも「敗北者」「犠牲者」「勝ち目の薄い人」という意味が並んでいるのだが、これらは皆マイナスのイメージが強い単語である。そうしたマイナス・イメージがなぜヴァージンのブランド要素であるのか、原典に当たってはみたものの、ここで私の混乱はますます深まることとなってしまった。
 ただそうこうするうちに出会ったのが、コラムニストやキャスターとして活躍している七尾藍佳さんの解説であった。七尾さんによれば、元々弱い立場にあったチームや個人が、大方の予想を裏切って勝利を収めるような場合に、「挑戦者」の意味を込めて”underdog”という単語が暫し使われるということなのである。
 この解説で、なぜヴァージンがアンダードッグであるのかという疑問が一挙に氷解した。ブランソンさんはヒッピー出身であり、加えて高校中退、読語障害といったハンディを抱えながら事業に成功した立志伝中の人物である。また体制派でない彼が事業で成功を収める過程では、英のフラッグシップ・キャリアーである英国航空との長い抗争もあった。
 つまりエスタブリッシュメントに属さないブランソンさんは常に体制に挑戦する中で、事業の成功を収めて来た。そうした中で英国人の「判官贔屓」の気風も手伝って、ヴァージンは一般大衆からそ「挑戦者」のイメージがブランド要素として支持を受け定着したというわけである。
 翻ってかっての米国ではエスタブリッシュメント入りするためには、WASPであることが必要条件とされた。これは白人でアングロ・サクソン、かつプロテスタントでなければ体制派にはなれないということである。大金持ちのケネディー家の総領息子であったあのJFKですら、アイルランド出身のカソリックであることから大統領当選が危ぶまれたこともあったのである。そうした意味ではJFKもアンダードッグであったということだ。
 オバマさんは下層階級出身であり、黒人というハンディを持つだけ、当然のことJFKよりはるかに重いアンダードッグの宿命を背負っていると言ってよい。そのオバマさんが米大統領選を勝ち抜いたことは、正に隔世の感。時代を画する驚天動地の出来事であるわけだ。
 オバマさんの掲げた”change”が国民の支持を受けた。金融危機を取り上げるまでもなく、時代は”change”を求めている。
 考えてみれば変革期のリーダーはアンダードッグが多いと言える。わが国で見ても、明治維新の立役者は下級武士であったし、戦後復興をリードした経済人、政治家、官僚などもパージを逃れた、かって二線級、三線級と見做された人材であった。彼らは皆アンダードッグである。
 アンダードッグのオバマさんが米大統領に当選しこれから変革に邁進する一方で、わが国のリーダーは、自民党であれ民主党であれ旧態依然の在り様である。変革期に相応しいリーダーは今の政界には見当たらない。未曾有の国難に際したこの期に及んでも、国民が政治に倦んでしまうのは、国民の責任は勿論あるが、それ以上にアンダードッグに徹した逸材が今の政界に見当たらないということであろう。ひ弱な貴公子ばかりなのである。