米信用市場の損失額は最低でも1兆ドル?

 今年の3月に米国で発行され一躍ベストセラーとなったC・R・モリス『なぜ、アメリカ経済は崩壊に向かうのか』によれば、今般の金融危機における米国信用市場の損失額(デフォルト損失と評価損の合計)は1兆1百万ドルに上るということである。モリスさんは、元銀行家で、現在は弁護士・評論家として活躍されている方で、現代における米経済論壇の寵児と言ってよい。
 なおこの数字からは推測不能なものは除かれている。例えば市場規模1兆ドルと推計される「CLOに組み入れられていないレバレッジ・ローン」であるとか、「モノライン保険会社の格下げ」「信用デフォルト・スワップのデフォルト(CDS)と評価損」といったところなどが抜けているのである。さらにモリスさんとしては、これでもまだまだ控え目な数字ということのようである。CLOはローン担保債務証書(すなわちローン流動化商品)、レバレッジ・ローンは買収ファンド向け貸出、モノライン保険は証券の元本損失を保証する保険、信用デフォルト・スワップは信用デフォルトを補填する一種の保険である。
 CDSに関しては、10月29日付の日経『経済教室』に日経センター理事長の深尾光洋さんが「信用不安の元凶はCDS」という論文を発表されている。この論文によれば、本年6月末のCDSの想定元本は2007年の世界全体のGDP合計に匹敵する54兆6千億ドルの巨額に上るということだ。モリスさんが損失額1兆ドルを計算した時に前提とした市場規模は10兆ドルに満ちていない。比較すれば、この金額の大きさが如何に馬鹿げた数字であるかがお分かり頂けるであろう。
 実際深尾さんによれば、リーマン1社でもCDS想定元本4千億ドルに上っているとのことである。したがってリーマンの破綻に際して、関係する金融機関に対して多額の債務履行を迫られることが懸念されたわけであるが、今のところ損失額は60〜80億ドルに収まっているということである。この限りではまずは一安心というところであるが、これでは想定元本に対する実損率はたかだか2%にすぎない。本当であろうか? 実はという隠し玉など本当にないのだろうか? すっかり疑心暗鬼である。
 モリスさんがCDSに関して「?」としていたように、金融機関にとってCDSは出来れば触れられたくない恥部であろう。世界の短期金融市場は依然正常化されていないが、CDSを中心とした暗部の底が一向に見えて来ないことがその最大の要因である。
 いずれにしても今後信用損失額がどれほど巨額に上っても、少しも不思議ではないということであろう。一口に1兆ドルと言うが、100円換算で100兆円。わが国GDPの5分の1の規模である。考えれば考えるほど暗い気分になってしまう。本当に疲れる話である。