円高メリットに目を向けよう:輸入企業の貪りを許すな!

 対ドル円相場が90円を突破しそうな勢いである。株安に加えて円高のダブルパンチという声が強い。だが10月16日の本欄で書いたように、円高はマイナスの影響ばかりではない。その理屈は以下のとおりであった。
 円高が議論される時、危機感を煽る立場から意識的に無視されるのが「輸入価格の低下効果」である。円高に伴って輸出総額が減少すれば輸入総額も減少する。問題はそうした輸出の減少と輸入の減少とどちらが、マクロ的により大きな影響を及ぼすかということである。
 計算例を示そう。わが国の今年の輸出額を80兆円、輸入額を72兆円とし、また円建比率をそれぞれ40%、20%とする。なおこの数値は概ね今年の上半期の実績を年間ベースに置き換えたものである。
 こうした前提の中で、円相場を105円を基準として95円、85円、75円、65円、55円と10円刻みで高くなる姿を想定して計算すると、貿易収支は105円の時に8兆円であったものが、それぞれ8.9兆円、9.8兆円、10.7兆円、11.7兆円、12.6兆円と拡大する結果となる。こうしたことになるのは、輸・出入における円建比率(あるいは外貨建比率)に差があるからである。
 勿論円高になれば外貨建の分について円建価格が低下するわけであるから、輸・出入ともに円ベースの金額は減ってしまう。だがその差し引きでは輸出が輸入を上回り、したがって黒字が拡大することとなるのである。
 念のために申し添えると、輸・出入額の減少は価格の変動に伴うものであって、実質の輸・出入額はそのままである。したがって実質的な経済活動に変動はない。にも拘らず貿易収支は増加するということだ。
 以上である。このことは半信半疑の方が多いことであろうから、2005年の産業連関表を用いてもう少し具体的な説明をすることとしよう。
 わが国の産業(108分類)を輸出ウェイトの大きい順に見てみると、第1位商業(11.5%)、第2位乗用車(10.4%)、第3位特殊産業機械(7.0%)、第4位自動車部品(5.4%)、第5位半導体(4.8%)、第6位水運(4.3%)、第7位その他電子部品(3.8%)、第8位鋼材(3.6%)、第9位一般産業機械(3.1%)、第10位電子計算機(3.0%)がベスト10で、この10業種で過半数を超える。
 一方こうした産業において、消費支出、設備投資等の最終需要が1単位増えることによってそれぞれの最終需要が輸入をどう誘発するかを見たものが、最終需要項目別輸入依存度である。最終需要別にこの比率が大きければ大きいほど、輸入を誘発する力が大きいということだ。
 この係数によって上記の輸出ウェイトの大きい10産業について、「輸出による」輸入の誘発状況を見てみよう。結果は以下のとおりである。商業(6.9%)、乗用車(0.0%)、特殊産業機械(12.6%)、自動車部品(47.7%)、半導体(47.7%)、水運(53.2%)、その他電子部品(47.0%)、鋼材(35.1%)、一般産業機械(14.3%)、電子計算機(3.6%)となる。
 このうち乗用車と電子計算機は値が低いが、自動車部品、半導体などの部品生産に係る誘発係数が大きいことを考慮すれば、こうした完成財の輸入誘発力は小さくない。鋼材などもその原材料である銑鉄・粗鋼(50.7%)の斯比率は高い。
 つまりここで言えるのは、わが国の輸出産業は概して輸入に依存する割合も大きいということである。円高による輸出面へのマイナスの影響は勿論大きいが、反面輸入価格の下落によるプラスの効果も大きいということだ。
 したがってこう見て来たことから窺われる政策的インプリケーションは、円高による輸入価格の下落を速やかに価格に反映させることである。
 石油業界においては先般の原油市況高騰に際して、値上がりを機械的に製品価格に反映させていた。ただそのメカニズムは極めて不透明である。ああした方式を採るのであれば、各企業のコスト構造、輸入油種の構成、マージン率、生産性などを消費者に向けて開示することが必要であった。今後の教訓である。
 原油等の天然資源価格は低下に向かうことは間違いなく、加えて円高によって輸入価格の下落は一層促進される。今後はそうした輸入製品の価格下落を速やかに国内物価に反映させることこそ重要であるということだ。そのために政府は万難を排して「輸入企業の貪り」を許さない監視を強化すべきである。
 そうすれば円高は必ずやデメリットを償うことが出来るはずである。経済はヤジロベエ。インパクトにはメリットもデメリットもある。悲観に意気消沈するのではなく、為政者には悲観の中から光明を見出すことこそが求められていると言ってよい。