円高は一方的なマイナス要因ではない

 円高がジリジリと進んでおり、そのマイナスの影響が懸念される状況となっている。折りしも今日の日経新聞一面に、これは全て円高の影響ではないにせよ、輸出企業の業績悪化が大々的に報じられ、より危機感が煽られている。
 円高になるとステレオタイプ的に「さあ大変だ」という話に必ずなる。もっともこれが円安でも同じようにマイナス効果が報じられる。一体わが国にとっては円高がいいのか円安がいいのか、どっちが本当なのであろうか?
 結論から言えば、わが国は巧妙に円高を克服して来た。360円時代からトレンド的に円高で推移して来た円相場であるが、少なくとも、そのことをもってわが国経済が破綻してしまったという事実はない。
 円高が議論される時、危機感を煽る立場から意識的に無視されるのが「輸入価格の低下効果」である。円高に伴って輸出総額が減少すれば輸入総額も減少する。問題はそうした輸出の減少と輸入の減少とどちらが、マクロ的により大きな影響を及ぼすかということである。
 計算例を示そう。わが国の今年の輸出額を80兆円、輸入額を72兆円とし、また円建比率をそれぞれ40%、20%とする。なおこの数値は概ね今年の上半期の実績を年間ベースに置き換えたものである。
 こうした前提の中で、円相場を105円を基準として95円、85円、75円、65円、55円と10円刻みで高くなる姿を想定して計算すると、貿易収支は105円の時に8兆円であったものが、それぞれ8.9兆円、9.8兆円、10.7兆円、11.7兆円、12.6兆円と拡大する結果となる。こうしたことになるのは、輸・出入における円建比率(あるいは外貨建比率)に差があるからである。
 勿論円高になれば外貨建の分について円建価格が低下するわけであるから、輸・出入ともに円ベースの金額は減ってしまう。だがその差し引きでは輸出が輸入を上回り、したがって黒字が拡大することとなるのである。
 念のために申し添えると、輸・出入額の減少は価格の変動に伴うものであって、実質の輸・出入額はそのままである。したがって実質的な経済活動に変動はない。
 このカラクリに慣れていないと、何か騙されたような気になるかもしれない。もしお疑いであれば簡単な計算である。紙と鉛筆を持って自ら計算し、確かめて頂きたい。
 もっともこれは飽くまでもその他の条件が変わらないとした時の、計算上の話である。輸出企業としては、円建の部分を放っておくとドルベースで見た価格は自動的に値上がりしてしまう。またドル建の部分はこれも放っておくと円ベースの価格が下がって手取り額が減ってしまうため、ドルベースの価格を上げざるを得ないかもしれない。そうすればドルベースの価格はいずれも上昇し、輸出数量が減る可能性が大きくなることともなる。
 だがこれまでわが国が相次ぐ円高局面を切り抜けて来たのは、円高の「輸入価格低下効果」を活用したことが大きい。特に石油を筆頭に原材料価格の高騰に悩んでいる現下のわが国にとって、円高はある意味天佑と考えてもよいのではなかろうか。
 言えるのはトヨタだけがわが国企業ではないことである。経済は複雑怪奇。ヤジロウベイでもある。一方に偏った議論からは本質が抜け落ちていることは間違いない。