恐慌前夜のこの期に及んで、それでも市場原理主義ですか?(承前)

昨日は日経新聞主催のセミナー『ルールを創る:企業家精神と法』に参加した雑感を書いた。書き足らずに欲求不満が残ったのでもう少し続ける。
再度29日のセミナーにおけるスピーカーのプロフィールを配布されたパンフレットに従って、しつこいかも知れないが少し詳しく記す。
第Ⅰ部「講演」の部の講演者とコメンテーターは
中川秀直衆議院議員自民党元幹事長
       慶応大法卒、日経新聞を経て衆院議員
宮内義彦:オリックス会長、グループCEO
       関西学院大商卒、ワシントン大でMBA取得
Kent Walker:米グーグル社バイスプレジデント、ゼネラルカウンセル
       ハーバード大を二番で卒業後、スタンフォード大ロースクールを優秀な成績で卒業
喜多伸夫:サイオステクノロジー(マザーズ上場)社長
       京都工芸繊維大卒
       米シリコン・バレーでLinuxベンチャー企業の立ち上げを支援
第Ⅱ部「パネルディスカッション」の部のパネリストとコーディネーターは
岩倉正和:西村あさひ法律事務所パートナー弁護士
       東大法(在学中に司法試験合格)、ハーバード大でLL.M.取得
       米法律事務所勤務
岩瀬大輔:ライフネット生命保険副社長
       東大法卒後(在学中に司法試験合格)、ハーバードでMBA取得
       経営コンサルティング業務、投資ファンド業務に従事
大森泰人:金融庁総務企画局企画課長
       東京大法卒
       大蔵省入省
高橋洋一東洋大教授
       東京大理(数学)・経(経済)卒
       大蔵省入省後プリンストン大客員研究員を経て、竹中平蔵総務大臣補佐官等
福井秀夫:政策研究大学院大教授、内閣府規制改革会議委員
       東京大法卒
       建設省を経て法政大教授、ミネソタ大客員研究員等
三宅伸吾日経新聞編集委員
       早稲田大政経卒、コロンビア大留学、東京大院修了
以上である。ここまで記してつくづく私も暇人だと思う。だけどこれは非常に重要な情報である。
東大卒が五人、うち二人は在学中に司法試験に合格し、残りの三人は官僚。そしてほぼ100%が米国の著名大学において学ぶか研究生活を送っており、実際に米国での実務経験を持っている人もいる。皆勝ち組である。
こうした人々が企業家精神と法を論じ、その中での「ルール創り」を主唱した時にどのような結論が出るかは誰が見ても明らかであろう。全員とは言わないが、彼らは市場原理主義を推し進めることによって何らかの利益を得る人たちでないのか(経済的利益だけでなく)? そうした人たちが市場、市場と言っても、あまり説得力はない。
米国が留学生の受け入れに積極的であるのは、自国の思想・文化・制度等に関する理解を深め、場合によっては洗脳を図りたいからだとも言われる。穿った見方をすれば、ハリウッド映画などもそうした国家戦略の一環であると言われる。いずれにしても、米国の国家戦略が如何に巧妙に仕組まれているかということである。
戦後の米国は自由・正義・人権等を大義名分とする中で、米国流をグローバル・スタンダードに置き換えて世界に君臨して来た。自由・正義・人権と言われて反対する向きは少ないであろう。多分北朝鮮だってアルカイダだって面と向かっては反対しないであろう。
問題は総論はそうであっても、各論に下りると必ずしもそうではないことが多いからだ。市場原理主義しか救国の手立てはないことを前提に、あるいは米国で決着したことが唯一正しいことを前提にした議論はやはりおかしい。
このセミナーでも岩瀬さんからだったと思うが、自らの米国経験に照らして「敵対的買収などは米国では20年前に決着がついている。それを今更議論するのは馬鹿げている。こんな議論をしているから日本は世界から取り残されるのだ」という趣旨の発言があった。
これをどう思われるであろうか? 米国流が絶対に正しいという立場に立てばそうした発言も是認されるかもしれない。だが米国流が唯一でないとすれば結論は自ずからまた異なることであろう。その議論が足りない。
誤解を恐れずに言えば、現在世界の金融秩序とされるものは自由等を旗印として、米国のビジネススクールで考案されたものが多いはずだ。その理論的裏づけを図ってノーベル賞を獲得した学者もいる。
だから間違いはないと言うのであろうか? リーマンやAIG、ワシントン・ミューチャル等の破綻や破綻危機は同根である。話はそんなに難しくない。「銀証分離」という先人の優れた知恵を、欲に目が眩んだ”賢者”が撤廃してしまったからである。その時にパンドラの箱は開けられた。
一般国民が市場原理主義に胡散臭さを感じるのは、制度の創設を図りそこから莫大な利益を得た人たちが、少しも責任をとらずに勝ち逃げしてしまうことである。例えば今朝方のテレビで、リーマン会長の本宅だか別宅だか広壮な邸宅がヘリコプターから映し出されていたが、その映像で一目瞭然である。401Kかなんかで注ぎ込んでいた、なけなしの庶民の資金が一夜にして消滅する一方で、知らぬ顔の半兵衛を決め込む経営者がいるとすればそれが問題でないはずはない。
こうしたことも「市場が悪いのではない。問題であればルールを作ればいい」で済むことであるのだろうか? 仮にこの間こつこつと貯め込んだ虎の子を一瞬にして失って、命を絶った人がいるとすれば、彼ら彼女らの命を何をもって贖うというのだろうか?
市場原理主義の推進者に申し上げたい。個人的な思想・信条としては何を言っても構わない。だがその場合、どうぞ胸に手を当てて考えて頂きたい。市場原理の推進が自らの利益誘導を企図するものであるのかないのか?
市場原理推進者は無論一枚岩ではなく、大所高所の観点から国民及び国民経済を慮ってという立場の方も多いであろう。その人たちにお聞きしたい。世界経済が恐慌前夜の断崖絶壁に立たされたこの期に及んでも、一点も信念に揺らぎはないと言えるのだろうか? と。