私の中国人留学生諸君へ

北京オリンピックの開会式は圧巻だった。中国4000年の歴史の重みとエンタテーメントを絡めた見事なものであった。これには中国嫌いの妻と娘も素直に感動していた。総合プロデューサー張芸謀(チャン・イー・モウ)の才能に脱帽である。
ところがそのあと続々発覚していることはやはりまずい。開会式に中国側から配信された画像には、一部先に撮影したものやCGが入っていたということである。また可愛らしい容姿と歌声で世界を魅了した小さな歌手も、画面に登場したのは口パクで、実際に歌ったのは別人ということでもある。
張芸謀がどこまで関与していたか知らない。だが彼は映画監督であり、そのノリで映像を作ったのだとしたらそれは違う。オリンピックはあくまでも”ライブ”こそ命である。そこに虚構を持ち込んではその精神が損なわれてしまう。
過剰な反日感情毒餃子事件などから、日本人の中国嫌いは多い。それがこのオリンピックで少しはよい方向に向かうことが期待されたのだが…。
私は週1回大学で教えている。私の授業は中国人留学生が多く、3分の1を占めるほどである。手前味噌であるが、これは私が彼らに対して真摯に対応して来たことの成果と考えている。
私はこれまで、彼らの”覚束ない”日本語のレポートでも極力その言わんとするところを理解するようにし、評価に際しては日本語の能力は問わないことして来た。
それが中国人留学生に評価されたと勝手に解釈している。
ところが前期に提出されたレポートには、本当にがっかりさせられてしまった。ほぼ一様に完璧な日本語で仕上げられていたのである。明らかに代書屋が書いたものである。
私は彼らに口を酸っぱくして言って来た。「日本語の能力を高めることは無論望ましい。だけどネィティブと比べてハンディがあるのは、仕方がないことだ。それを前提としたうえで評価を行なうので、私が言っていることの”本質”を理解して、拙くてもよいから自分に出来る最大限のレポートを書いて欲しい」と。
もっとも欧米の著名大学で学位を取って来た先生の中にも、語学力不足を補うために現地の代書屋さんにお世話になった人が多いと聞く。中国人留学生の所業を一概には慨嘆出来ないことは理解している。
北京オリンピックを”ハリボテ”の虎と称する向きも多い。見てくれ格好だけよくても、お里が知れているということである。中国人一般がそうだとは思わないが、私のささやかな経験で感じたことを書いた次第である。
私の「中国人留学生諸君」! どうぞ意のあるところを汲んで下さい。